古代ローマコイン 帝政期 コンスタンティヌス フォリス銅貨 327-328年 キリスト者の皇帝コンスタンティヌス、天を見上げる肖像の銅貨

古代ローマコイン 帝政期 コンスタンティヌス フォリス銅貨

327-328年、コンスタンティノープル発行

オモテ:CONSTANTINVS MAX AVG(コンスタンティヌス 偉大なアウグストゥス) ディアデムをした天を見上げる右向きのコンスタンティヌスの肖像

ウラ:CONSTANTINIANA DAFNE(コンスタンティヌスのダフネ)CONS(コンスタンティノープルの略)右手に月桂樹の枝、左手にシュロの枝を持って座るヴィクトリー神 その足元に膝を立てた捕虜 戦勝記念柱

サイズ:3,31g 19mm

コンスタンティノープル位置


<コンスタンティヌス大帝>

誕生272年、死没337年。
ローマ皇帝(在位324-337年)。帝国の再建者。ローマ皇帝として最初にキリスト者になったとされる。
コンスタンティウス1世とその最初の妻ヘレナの長男。
父が西ローマの正帝として306年没した時、軍隊によって正帝に推戴されたので、東ローマの正帝ガレリウスはやむなく彼を副帝として承認した。
312年イタリアのマクセンティウスに向かってガリアより進軍し、テベレ川のミルウィウス橋の戦いで決定的な勝利を収め、ローマに入城した。
この戦いに先立ちコンスタンティヌスと彼の軍隊は白昼、天に輝く十字架の幻影と「これに勝て」との文字を見て、兵士たちの楯にキリストを表すギリシア文字X・P (キー・ロー)を描かせたが、この標識はのちにラバルムと呼ばれる帝国の軍旗に取り入れられた。
同年元老院によって先任正帝として承認され、翌313年リキニウス帝とメディオラヌム(現ミラノ)で会見し、信教の自由、迫害されてきたキリスト者の復権を宣言した(ミラノ勅令)。
コンスタンティヌスはこの政策をさらに推進し、教会に惜しみなく寄進し、聖職者を免罪にした。
まもなくリキニウスは異教に転じ、キリスト者の迫害を始めたのに対し、コンスタンティヌスはラバルムを掲げて戦い、
324年リキニウスを破り、翌年彼を処刑、ついに帝国の独裁皇帝となった。
この勝利の直後からビザンチウムの再建に着手し、330年コンスタンティノープルと改名された、新都を神に奉献した。
この新都の建設に巨富を費やし、これを飾るために多くの異教の神殿から彫像や列柱を奪った。
これに先立ちキリスト教会内の教理論争を解決するため、325年ビチュニアのニカイアに教会の総会議を開き、みずから司会し、「父なる神」と「子なるキリスト」を同一実体とする重要な定式を提案、これを拒否したアリウスとその同調者を追放した。

<天を見上げるコンスタンティヌス大帝>

教会史家で司教のエウセビウス(260-340年)によれば、最初のキリスト者のローマ皇帝であったコンスタンティヌスは貨幣に刻印される彼の肖像は神への祈りのポーズで視線を天に向けるように命じたという。
しかし実際は現存しているコンスタンティヌスの貨幣で、このコインのように天を見上げているコンスタンティヌスの肖像が刻まれた貨幣は希少である。

<ウラ面の銘、コンスタンティヌスのダフネとは?>

このコインのウラ面には座るヴィクトリー神(勝利の女神)、捕虜、戦勝記念柱、銘CONSTANTINIANA DAFNEが表されている。
CONSTANTINIANA DAFNEは「コンスタンティヌスのダフネ」という意だが、このダフネはコンスタンティヌスがドナウ河岸に建てたダフネと呼ばれていた要塞のことであるという考えがある。
一方で、DAFNE ダフネはギリシャ語で月桂樹であり、月桂樹は勝利の象徴であることから、「コンスタンティヌスの勝利」の意とする考えもある。
この勝利はコンスタンティヌスが324年にリキニウスを倒したことを示すと考えられている。
古代ローマコイン 帝政期 コンスタンティヌス フォリス銅貨 327-328年 キリスト者の皇帝コンスタンティヌス、天を見上げる肖像の銅貨