Parisii パリシーは時を越え古代ギリシャ・ローマ世界と出会うギャラリーです。
2000年以上前の古代ギリシャ、古代ローマ時代に実際に使われた大変貴重な貨幣(古代ギリシャコイン、ローマコイン、ケルトコイン)を専門に販売しています。
作品の選定には歴史的価値・芸術的価値に重きを置き、厳選に厳選を重ねております。
過去に販売した作品、当ギャラリーのコレクション等も、古代コイン図鑑として年代順に掲載させて頂いておりますのでご参照下さい。
また古代ギリシャ・ローマ世界に関連するアンティーク作品等も販売しております。こちらもお楽しみ下さい。

古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族(現フランス都市ボーヴェ語源) 前60-前25年 銅貨 走る人

古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族(現フランス都市ボーヴェ語源) 前60-前25年 銅貨 走る人

作品詳細

古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族 銅貨

前60-前25年発行

オモテ:左に向かって走る人、右に星、顔のまわりに円

ウラ:右向きの馬、星

サイズ:2,25g 16mm


走る人物がデザインされた、図像が非常におもしろい古代ガリアのコイン。
人の横には星のような図形が刻まれている。
走る人のまわりに、星や円が表されていることから、走る人は太陽の象徴であったのかもしれない。

また、古代ケルト人はコインの意匠をギリシャ人のコインの意匠から転用することが多かったことから、古代ギリシャコインに表されたサテュロスをモデルにした可能性も高い。

サテュロスが表された古代タソス島の銀貨



<ベロウァキー族>
ガリア・ベルガエ、現フランス、オワーズ県に居住していたケルト人。
オワーズ県の県庁所在地、ボーヴェ(Beauvais)の語源はベロウァキー族(Bellovaci)に由来する。

<カエサル『ガリア戦記』のベロウァキー族に関する記述>
・前57年のベルガエ人の戦いの記述の中で、ベロウァキー族はベルガエ人の中で武勇、権威で群を抜いていたと語られている。

・前57年、カエサルはすでに同盟を結んでいたハエドゥイ―族のディウィキアクスにハエドゥイー族の部隊をベロウァキー族の領土に進軍させ、攻撃をしかけることを指示した。

・カエサルは同じベルガエ人のスエッシオネース族を降伏させたのち、ベロウァキー族の領土に軍を進めた。
-ベロウァキー族は身柄と財産を全てブラトゥスパンティウム(現在のどの場所にあたるかは解明できていない)の町に集めていたが、カエサルが軍隊をつれて町から約五哩の地点につくと、老人は皆町を出てカエサルに手を差し伸べ声をあげて、カエサルの保護と勢威に服すること、武器をとってローマに抵抗しないことを態度にあらわし始めた。
カエサルが町についてそこに陣地を置くと、女子供まで自分らの風習に従って防壁から手を差し伸べ、ローマ軍に和を求めた。(カエサル著『ガリア戦記』近山金次訳 2巻ー13)

・ハエドゥイー族はベロウァキー族のためにカエサルに赦しを請うたことで、カエサルはベロウァキー族の降伏を受け入れ、ベロウァキー族から600人の人質を取った。

・前54年、カエサルは、いまだ降伏していないガリア部族に進軍するため、ローマ軍の冬営配置を行い、3個軍団をベロウァキー族の領土に配置し、財務官クラッスス(第1回三頭政治のクラッススの息子)、副官ルキウス・ムナティウス・プランクス、副官ガイウス・トレボニウスの3名を派遣した。

・前52年、ハエドゥイー族の謀反により、ベロウァキー族も再び謀反を起こした。

・前52年のウェルキンゲトリクス率いるアレシアの決戦では、ベロウァキー族は自分たちは自分たちでローマと戦うため、誰からの支持も受けたくないとして兵を出すことを拒んだが、アトレバーテス族のコンミウスに頼まれると、その友情から2000人の兵をアレシアに送った。

・前51年、再びベロウァキー族はコッレウスの指揮の元、兵を集結し、ローマ軍と激戦を交えたがコッレウスが戦死したため、ベロウアキー族は降伏した。
カエサルはガリア人の中で最も敵愾心が強いベロウァキー族が二度と反乱を起こさないように、財務官マルクス・アントニウス(後にクレオパトラと共にオクタウィアヌスに蜂起するアントニウス)を15個軍団と共にベロウァキー族の領内に残した。