古代ローマコイン 帝政期 225年 アレクサンデル・セウェルス デナリウス銀貨 アレクサンデル・セウェルス肖像 フィデス神(誓約の女神) セウェルス朝の終焉

古代ローマコイン 帝政期 アレクサンデル・セウェルス デナリウス銀貨

225年、ローマ発行 

オモテ:IMP C M AVR SEVALEXAND AVG  (Imperator Caesar Marcus Aurelius Severus Alexander Augustus インペラトル カエサル マルクス アウレリウス セウェルス アレクサンデル アウグストゥス)
月桂冠を戴いた右向きのアレクサンデル・セウェルスの肖像

ウラ:FIDES MILITVM  (兵士の忠誠)
軍旗を両手に持ったフィデス神(誓約、信義の女神)

サイズ:3,49g 20mm


アレクサンデル・セウェルス

アレクサンデル・セウェルス彫像 オスティア出土 ローマ国立博物館

在位222-235年
221年、エラガバルスの統治に陰りが見えてくると、エラガバルスの祖母であり、実権者であるユリア・マエサは、同じく孫であったアレクサンデル・セウェルスに「カエサル」の称号を与え、帝位後継者とした。
これに不安を感じ、18歳のエラガバルスはセウェルス・アレクサンデルを殺そうとするも兵士の反逆により、母ユリア・ソアエミアスと共に殺された。
222年、エラガバルスの死後、アレクサンデル・セウェルスが帝位についた。
224年、ユリア・マエサが死ぬと、アレクサンデル・セウェルスの母ユリア・マンマエアが実権を握った。
231年、復活したペルシアを抑えるために、アレクサンデル・セウェルスはペルシア遠征に出発した。
ペルシア遠征は成功したが、ローマの軍力は疲弊していった。
233年にローマに帰還し、凱旋式を行うも、翌234年にはゲルマン人征伐に出発した。
ゲルマン人がライン川の国境に侵入し、アレクサンデル・セウェルスは軍をライン川に集結させた。
アレクサンデル・セウェルスはゲルマン人に多額の現金を支払うことで、ゲルマン人の侵入を抑えたが、軍費不足に陥り、兵士の給与が足りなくなっていった。
これにより、軍団はトラキア出身のマクシミヌス・トラクスを皇帝に推戴した。
アレクサンデル・セウェルスは母ユリア・マンマエアと共に殺された。
古代ローマコイン 帝政期 225年 アレクサンデル・セウェルス デナリウス銀貨 アレクサンデル・セウェルス肖像 フィデス神(誓約の女神) セウェルス朝の終焉