古代ローマコイン ユリウス・カエサル ジュリアス・シーザー 前46-45年 デナリウス銀貨 ガリアの戦勝記念柱

古代ローマコイン ユリウス・カエサル デナリウス銀貨 

前46-前45年 スペイン発行

表面:右向きのウェヌス神、その肩には小さなクピド(キューピッド)

裏面:CAESAR 戦勝記念柱(ガリア兵から奪った戦利品) 捕らえられたガリアの男性と女性

サイズ:3,93g 17mm

ユリウス・カエサルの前46-45年にスペインで発行されたデナリウス銀貨。
ポンペイウスの息子たちを駆逐するためにスペイン遠征に赴いた際の軍用貨幣。
オモテ面にはユリウス・カエサルが祖先であると主張していた女神ウェヌス、ウラ面にはユリウス・カエサルのガリア戦争での功績を称えた、戦勝記念柱が刻まれている。
ガリアの戦利品の中には、角のついたヘルメット、Carnyx(ケルト人の立笛)などケルト人のシンボルが描かれています。その下で、縛られた女性はうつむき、男性は奪われた武器を見上げ、嘆き悲しむ様子が描かれています。丸い小さなコインの中に、ローマの勝利とケルト人の悲しみ両方を現した、貨幣デザインが素晴らしい。

ユリウス・カエサルの彫刻
<ユリウス・カエサル>
古代ローマの最も偉大な将軍、政治家。英語名はジュリアス・シーザー。民衆派(ポプラレス)に属し、青少年時スッラの全盛時代であったため各地を転々とし、前78年スッラの死を聞いてローマに帰り、前77年以後政界に入った。ロードスで修辞学を学び、前68年財務官(クアエストル)、前65年按察官(アエディリス)を経て、前63年大神官(ポンティフェクス・マキシムス)に当選。その選挙費用のためローマ最大の債務者となった。
前61年ヒスパニア総督、翌年ローマに帰ってポンペイウス、クラッススと第一次三頭政治を形成。
前59年執政官(コンスル)となり、市民への土地配分など政治的手腕を発揮した。
前58年からガリア遠征に向かい、ガリア・トランサルピナの諸部族を平定。
前52年ウェルキンゲトリクスの大反乱をも鎮圧、ローマのガリア支配を確立するとともに、今後の活動に必要な軍隊と豊富な資金を取得した。
前54年彼の娘でポンペイウスの妻ユリアが死に、前53年クラッススがパルティア帝国と戦って敗死すると、三頭政治に代わってカエサルとポンペイウスの対立となった。
前49年閥族派(オプティマテス)がポンペイウスと組んでカエサル召還を元老院で決議したため、彼はルビコン川を渡ってローマに進撃。ポンペイウスはギリシャに逃れ、カエサルはまずヒズパニアを討ち、前48年ギリシャに渡りファルサルスの戦いでポンペイウスを破った。
エジプトに逃れたポンペイウスを追ったカエサルはプトレマイオス朝の内紛に介入してクレオパトラ7世と結ばれ、彼女を女王とした。
前47-45年にはポントス、アフリカ、ヒスパニアに転戦、ポンペイウス派の残党を撃滅してローマに帰還し、盛大な凱旋式を行った。
前46年にはすでに共和政の伝統に反して10年任期の独裁官(ディクタトル)、前44年には終身の独裁官となり監察官(ケンソル)職を取得して元老院に腹心の者を無制限に入れ、その数900人に及んだ。
反対者には仁慈をもって接し、独裁者として多岐にわたる立法活動を行い、救貧事業、植民市建設、暦法改革などを実施。
属州総督の任期の限定、弊害の多かったアシア州とおそらくその他の州の徴税請負制度の廃止、税額の軽減を行った。
しかし彼の強大な実権は王政実現への危惧を引き起こし、ついに共和派のブルートゥスらによって元老院議事堂で暗殺された。

<ウェヌス>
古代ローマの菜園の女神。英語ではヴィーナス。
ギリシアの美と愛の女神アフロディテと同一視される。
ユリウス・カエサルは自分の先祖はアイネアスを通じてその母ウェヌス神にさかのぼると主張していた。

ミロのヴィーナス

<戦勝記念柱>
敗北させた敵の武具などを戦場の立木や棒杭吊るした記念碑。

コインウラ面:ガリア兵士の武具の戦勝記念柱。柱の両側には悲しみにくれるガリアの男性と女性。

トラヤヌスの記念柱に刻まれた戦勝記念柱


古代ローマコイン ユリウス・カエサル ジュリアス・シーザー 前46-45年 デナリウス銀貨 ガリアの戦勝記念柱