古代ギリシャコイン ボイオティア地方 テーバイ 半ドラクマ銀貨 前425-前379年 ボイオティアの盾 カンタロス

古代ギリシャコイン ボイオティア地方 テーバイ 半ドラクマ銀貨

前425-379年発行

オモテ:ボイオティアの盾

ウラ:QE BH(テーバイ) カンタロス、棍棒

サイズ:2,53g 14mm

テーバイの位置

<テーバイ>
アテネの東北方、ボイオティア地方東部にあった古代ギリシャの重要都市。現シベ。
テーバイ伝説上のオイディプス王の首都で、古代ギリシャ悲劇の舞台として知られる。
伝説によれば古代の都城カドメイアはフェニキア人によって建てられたとされるが、すでに初期青銅器時代には住民のいたことが知られミケーネ時代には王宮が存在していた。トロイ戦争(前1200年頃)直前までアルゴリスと覇を競ったが、その後は不明で、この間に民族移動がありドーリス人系のアイゲイデス族を含む混血のボイオティア人が成立。
前6世紀にボイオティア同盟が形成され、前5世紀以来テーバイはその盟主となった。
アテネへの敵対からアケメネス朝ペルシャとそしてのちにはスパルタと協力。
ペロポネソス戦争でアテネを破り(前404年)、その全滅を望んだが果たせず、転じてスパルタと争うに至った。
前386年スパルタはボイオティア同盟を解散、前382年カドメイアを占領。
しかしテーバイはスパルタと戦って大勝し、同盟も再建され、ギリシャ第一の勢力となった。
テーバイの勇将エパメイノンダスの戦死後テーバイは急速に衰え、前346年マケドニアのフィリッポス2世との同盟を受容した。
その後まもなく同盟を破棄し、アテネとともにフィリッポスと戦ったが、前338年のカイロネイアの戦いで完敗、ボイオティア同盟は解体され、テーバイはマケドニア軍の占領下に置かれた。
前336年アレクサンドロス大王に対する反乱失敗後、町は壊滅したが、前316年大王のディアドコイ(後継者)の一人マケドニア王カサンドロスによって再建された。
前197年ローマの支配下に置かれ、前86年スッラによって分割された。

<ボイオティア同盟>
古代ギリシャの都市国家連合。前447年頃テーバイを中心にボイオティア地方の諸国によって結成された。
前4世紀中頃、エパメイノンダスの指導のもと、テーベの発展によってギリシャの一大勢力となった。

<コインオモテ面:ボイオティアの盾>


この独特な形をした盾はボイオティア地方の貨幣図像によく表されたことからボイオティアの盾と呼ばれる。
この盾の特徴は楕円形の両サイドがCの形に凹んでいることだ。
なぜこのような形をしていたのか。
古代ギリシャの戦闘ではファランクスと呼ばれる重装歩兵による密集陣形が組まれた。そのため各々の軍団が盾のデザインに差をつけ、敵か味方かを区別する必要があった。
ボイオティアではこの独特で美しい形が考え出された。

ボイオティアの盾の強みは形の美しさだけではない。楕円の両脇がCの形にぬかれていることによって、盾の重量が軽く兵士が軽やかに盾を動かすことができたと推測されている。
またこの形は楽器のバイオリンやギターの特徴と似ている。バイオリンは中央にカーブがあることによって奏者がより弦に近づくことができる。
この盾の場合、兵士が盾の一番頑丈な中央部分を容易に敵に向かって構えることができた。

ボイオティアの盾が描かれた壺絵

<コインウラ面:カンタロス>
カンタロスは古代ギリシャの壺の一種。大きな双取手が垂直についた高脚の酒杯。ワインの神ディオニソスの象徴。
カンタロスの上にはヘラクレスの象徴である棍棒が刻まれている。
神話上、テーバイはヘラクレスの出生地である。
古代ギリシャコイン ボイオティア地方 テーバイ 半ドラクマ銀貨 前425-前379年 ボイオティアの盾 カンタロス