古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族 (現フランス都市ボーヴェの語源) 前80-前25年 スタテル金貨 目が強調された肖像 馬と星 ガリアで最も武勇を誇ったベロウァキー族の金貨

古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族 (現フランス都市ボーヴェの語源) 前80-前25年 スタテル金貨 目が強調された肖像 馬と星 ガリアで最も武勇を誇ったベロウァキー族の金貨
古代ケルトコイン ガリア・ベロウァキー族 スタテル金貨

前80-前25年頃発行

オモテ:目が強調された肖像 目の隣には星 星の下には縄文様

ウラ:馬 馬の上下に星

サイズ:5,90g 18mm

ガリア人の中で、最も武勇を誇り、カエサルを悩ましたベロウァキー族の金貨。



右のデッサンはラ・トゥール著『ガリアコイン図表』(1892年)より
人の肖像にも、鳥の肖像にも見える肖像。中でも目が強調されている。目の下のくの字型は口を表しているように見える。


右のデッサンはラ・トゥール著『ガリアコイン図表』(1892年)より
馬の上下にはオモテ面にも表されている星が表されている。

<ベロウァキー族>
ガリア・ベルガエ、現フランス、オワーズ県に居住していたケルト人。
オワーズ県の県庁所在地、ボーヴェ(Beauvais)の語源はベロウァキー族(Bellovaci)に由来する。

<カエサル『ガリア戦記』のベロウァキー族に関する記述>
・前57年のベルガエ人の戦いの記述の中で、ベロウァキー族はベルガエ人の中で武勇、権威で群を抜いていたと語られている。

・前57年、カエサルはすでに同盟を結んでいたハエドゥイ―族のディウィキアクスにハエドゥイー族の部隊をベロウァキー族の領土に進軍させ、攻撃をしかけることを指示した。

・カエサルは同じベルガエ人のスエッシオネース族を降伏させたのち、ベロウァキー族の領土に軍を進めた。
-ベロウァキー族は身柄と財産を全てブラトゥスパンティウム(現在のどの場所にあたるかは解明できていない)の町に集めていたが、カエサルが軍隊をつれて町から約五哩の地点につくと、老人は皆町を出てカエサルに手を差し伸べ声をあげて、カエサルの保護と勢威に服すること、武器をとってローマに抵抗しないことを態度にあらわし始めた。
カエサルが町についてそこに陣地を置くと、女子供まで自分らの風習に従って防壁から手を差し伸べ、ローマ軍に和を求めた。(カエサル著『ガリア戦記』近山金次訳 2巻ー13)

・ハエドゥイー族はベロウァキー族のためにカエサルに赦しを請うたことで、カエサルはベロウァキー族の降伏を受け入れ、ベロウァキー族から600人の人質を取った。

・前54年、カエサルは、いまだ降伏していないガリア部族に進軍するため、ローマ軍の冬営配置を行い、3個軍団をベロウァキー族の領土に配置し、財務官クラッスス(第1回三頭政治のクラッススの息子)、副官ルキウス・ムナティウス・プランクス、副官ガイウス・トレボニウスの3名を派遣した。

・前52年、ハエドゥイー族の謀反により、ベロウァキー族も再び謀反を起こした。

・前52年のウェルキンゲトリクス率いるアレシアの決戦では、ベロウァキー族は自分たちは自分たちでローマと戦うため、誰からの支持も受けたくないとして兵を出すことを拒んだが、アトレバーテス族のコンミウスに頼まれると、その友情から2000人の兵をアレシアに送った。

・前51年、再びベロウァキー族はコッレウスの指揮の元、兵を集結し、ローマ軍と激戦を交えたがコッレウスが戦死したため、ベロウアキー族は降伏した。
カエサルはガリア人の中で最も敵愾心が強いベロウァキー族が二度と反乱を起こさないように、財務官マルクス・アントニウス(後にクレオパトラと共にオクタウィアヌスに蜂起するアントニウス)を15個軍団と共にベロウァキー族の領内に残した。

コイン発行時の歴史背景は、下の「コインで見る、古代ローマ史年表」をクリックしてご覧ください。





写真撮影者:中村めぐみ