古代ローマコイン 共和政期 カイウス・フォンテイウス 前114-前113年 デナリウス銀貨 ヤヌス神スタイルのディオスクロイの ガレー船

古代ローマコイン 共和政期 カイウス・フォンテイウス 前114-前113年 デナリウス銀貨 ヤヌス神スタイルのディオスクロイの ガレー船
古代ローマコイン 共和政期 カイウス・フォンテイウス デナリウス銀貨

前114-前113年、ローマ発行

オモテ:A(貨幣発行管理数字と推測される) XVIのモノグラム(16アスの意) ヤヌス神スタイルのディオスクロイ

ウラ:C FONT ROMA (Caius Fonteius ROMA カイウス・フォンテイウス ローマ)
ガレー船 中には船頭と3人の乗員

サイズ:3,89g 20mm

貨幣発行者:カイウス・フォンテイウス

このコインが発行された前113年、イタリアにゲルマン人、キンブリ族とテウトニ族が侵入した。
さらに翌年、前112年、北アフリカのヌミディア王ユグルタとのユグルタ戦争が勃発した。
前112年、ユグルタはいとこが支配していたヌミディア東部の首都キルタにいたローマ商人を虐殺したことから、ローマと戦争になった。
ユグルタ戦争は前105年、マリウスによって終結した。
前104年、マリウスはゲルマン人に勝利した。

このコインのオモテ面は、ローマコイン定番図像ディオスクロイがヤヌス神スタイルで表されている。
ウラ面にはガレー船が表されている。古代では数多くの人がで人力で大きな軍船や商船を動かしていた。
オモテ面がヤヌス神、ウラ面が船というのは、ローマ初期のアス銅貨の定番意匠であった。
オウィディウス『祭暦』では、コインに船首のシンボルが刻まれた理由を次のように説明している。
サトゥルヌス神は、ユピテル神より天の国から追放された後、世界中を放浪し、エトルリアの川(ティベリウス)へと船でたどりついた。
サトゥルヌス神はこの地に定着したという。それ以来、国はサトゥルニアの名をとどめ、土地の名も神が隠れていた(ラテレ)により、ラティウムと呼ばれたという。
この信仰により、銅貨には船首が表され、神が客分としてローマに到着したことを示しているとオウィディウスは述べている。

ヤヌス神と船のアス銅貨



<ディオスクロイ>

ディオスクロイ彫像 2世紀半頃 ナポリ考古学博物館

ギリシャ神話の双子カストルとポリュデウケスの通称。
スパルタの王妃であったレダが白鳥に化身したゼウスと交わって産み落とした卵から、姉妹のヘレネおよびクリュタイムネストラと共に誕生したが、このうちポリュデウケウスとヘレネだけがゼウスの子で、カストルとクリュタイムネストラは、レダの人間の夫テュンダレオスの子であったという。
従兄弟にあたるイダスとリュンケウス兄弟と争ったときに、カストルはイダスに殺され、ゼウスは生き残ったポリュデウケウスだけを昇天させようとした。しかし彼はカストルと離れ離れになるのを拒んだので、ゼウスは2人がポリュデウケスの不死を分け合い、一日おきに神界と冥府で暮らすことを許したという。

馬に乗るディオスクロイ、古代ローマ共和政期デナリウス銀貨
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コイン詳細、掲載写真撮影:中村めぐみ