古代ローマコイン 帝政期 カリギュラ 37-38年 セステルティウス銅貨 カリギュラ3姉妹のコイン

古代ローマコイン 帝政期 カリグラ セステルティウス銅貨 

37-38年、ローマ発行

オモテ:C CAESAR AVG GERMANICVS PON M TR POT  (Caius Cæsar Augustus Germanicus Pontifex Maximus Tribunicia Potestate  ガイウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス ポンティフェクス・マキスムス(最高神祇官) トリブニキア ポテスタテ(護民官職権)
左向きのカリギュラの肖像

ウラ:AGRIPPINA  DRVSILLA  IVLIA  (アグリッピナ ドルシラ ユリア ) SC (Senatvs Consvlto 元老院の承認を得て)
カリギュラの3姉妹、アグリッピナをセキュリタス神、ドルシラをコンコルディア神、ユリアをフォルトゥナ神の姿で表している。

サイズ:25,32g 32mm

オモテ面にカリグラの肖像、ウラ面にカリグラの3姉妹が刻まれたセステルティウス銅貨。
カリグラはコインに自身の家族を表すことを特に好んだ皇帝である。
カリグラの家族に関する暗い過去(母アグリッピナ、兄ネロとドルススの3人はティベリウスの処罰により悲運の死を遂げた)を思えば、当然なのかもしれない。
カリグラは母や兄の他に、自身の3人姉妹もコインに刻んだ。
カリグラには、アグリッピナ、ドルシラ、ユリアの3人の妹がいた。
カリグラが一番可愛がっていた2番目の妹ドルシラは、38年6月に病死した。
このカリグラのコインはドルシラの死を契機に発行されたとも考えられる。

翌39年、カリグラは残りの2人の妹、アグリッピナとユリアを陰謀の罪で、ポンティア島に流刑に処した。
アグリッピナは37年に後の皇帝ネロを出産していた。そのため、ネロは伯母に預けられた。
41年、カリグラが暗殺された後、アグリッピナとユリアはローマに帰還した。
しかしすぐに、3番目の妹ユリアにはさらなる悲劇が襲った。
カリグラの次に即位したクラウディウス帝の妻メッサリナが、ユリアがセネカ(哲学者として有名)と不義を働いたと告発したのだ。
ユリアは41年、今度は母(大アグリッピナ)が流され死んだパンダテリア島に流され、そこで42年頃に死去した。
残った妹アグリッピナ(小アグリッピナ)は後に息子のネロ帝に殺された。

ローマで発掘されたカリグラと推定される小像 ローマ国立博物館
古代ローマコイン 帝政期 カリギュラ 37-38年 セステルティウス銅貨 カリギュラ3姉妹のコイン