古代ローマコイン 共和政期 前137年 デナリウス銀貨 ティベリウス・ウェトゥリウス 古代ローマ宣誓の儀が刻まれたコイン

古代ローマコイン 共和政期 ティべリウス・ウェトゥリウス デナリウス銀貨

前137年、ローマ発行

オモテ:TI VET (Tiberius Veturius ティベリウス・ウェトゥリウス)  X (デナリウスを意味する:デナリウスの語源は10アス) マルス神の右向きの肖像

ウラ:ROMA (ローマ) 宣誓の場面(中央に豚を抱いて跪く人物、両側には豚に剣をあてる人物2人)

コインのサイズ:3,83g 18mm

前137年にローマで発行されたデナリウス銀貨である。
このデナリウス銀貨は、75年ほど続いたオモテ面にローマ神、ウラ面に馬にのるディオスクロイという、デナリウスの定番意匠から脱した、注目すべき1枚である。

オモテ面には羽飾りのついた兜を被った軍神マルス神が刻まれている。
マルス神はローマにおいてこの上なく重要な神であった。
ローマ建国神話の初代王ロムルスとその双子の兄弟レムスは、マルスがウェスタの巫女レア・シルウィアと交わってもうけたされるからである。
肖像の後ろには銘TI VETが刻まれている。このコインを発行した貨幣発行委員、Tiberius Veturius ティベリウス・ウェトゥリウスを意味する。

Xの文字は10を意味し、このコインの単位デナリウスを意味する。
デナリウスの語源は10アスによる。
10アス青銅貨=1デナリウス銀貨として211年頃に発行が開始されたデナリウス銀貨は、前141年頃に16アス青銅貨の価値に改定された。
前211年に発行が開始されたデナリウス銀貨には10アスを示すXの文字が刻まれた。
前141年以降のデナリウス銀貨には、16アスを意味するXVIの文字や、XVIをモノグラムにしたものが刻まれたが、以前のXの文字も、このコインのように刻まれることが多かった。
これは、このコインにおいてはXの文字は、単純にこのコインがデナリウス銀貨であることを示していると推測され、すでにローマにおいてデナリウスが16アスであることは認知されたことを示しているとも推測されている。

そして、ウラ面には、豚を生贄に捧げ、宣誓を行う儀式の様子が刻まれている。
この意匠は、第2次ポエニ戦争時、前217年に、ローマで初めて発行されたスタテル金貨に使われた意匠のリバイバルである。

この宣誓の場面は、ローマ建国神話にまつわるアイネイアスに関するものであると推測される。

前217年発行のスタテル金貨 オモテ面:ヤヌス神様式のディオスクロイ ウラ面:宣誓の儀式


ローマの建国の基礎を築いたのは、トロイアから脱出したアイネイアスであったとローマ人は語り継いでいた。
アイネイアスはトロイの王族であったアンキセスが、女神ウェヌスと交わって誕生した。
アイネイアスはトロイ戦争でヘクトルに次いで雄姿を飾ったが、トロイの陥落後、父アンキセスを背負い、息子アスカニオスを連れ、逃げ延びた。
アイネイアスは、新たな土地を求め、長い放浪に船出し、ラティウムにたどり着いた。

旅の途中、アイネイアスはある夢をみた。
夢の中で、ティべリウス川の神はアイネイアスに、途中30匹の子豚をつれた大きな白い牝豚に会うが、その場所で30年後にアイネイアスの息子アスカニオスが都市を建設し、それはアルバ・ロンガと呼ばれるであろうと告げた。
アルバ・ロンガは「白くて長いもの」の意で、白い牝豚に由来する。
アイネイアスはトロイを敵視していた女神ユノの怒りを鎮めるために、その豚をユノに捧げた。

アイネイアスは、ラティ二ウムの地でラティ二(ラテン人)と戦ったが、ラティ二人の王の娘ラウィニアと結婚し、トロイ人とラティ二人は和合を結んだ。
アイネイアスはトロイ人とラティ二人が合併した国の王となったのだ。
アイネイアスは妻の名にちなんで、新しくラウィニウムという名の都市を建設した。
アイネイアスの息子アスカニオスは、父アイネイアスが建都したラウィニウムの支配権をラウィニアに譲り、自身はアルバ・ロンガを建都した。ここが、トロイの血をひくラティ二人の首都となった。
このアルバ・ロンガの王の娘レア・シルウィアがマルス神と交わってもうけた双子がロムルスとレムスであった。
後にロムルスはパラティヌスの丘にローマを建都することとなった。

以上のアイネイアスの神話が、このコインウラ面の意匠の題材であると推測される。
豚を抱える人物の両側2人は、トロイ人とラティ二人という異なる民族を表している。
トロイ人とラティ二人は和合を宣誓し、雌ブタが生贄に捧げられている。
このトロイ人とラティ二人の融合によって誕生した都市ローマ ROMAの文字が3人の頭上に表されている。

さらに、このコイン意匠についての説がある。
このデナリウス銀貨が発行されたのは前137年である。
前137年は、ヌマンティア人との戦いで悲劇に見舞われた、ガイウス・ホスティリウス・マンキヌスが執政官の年であった。
プルタルコスは彼をローマ人の中で、最も運の悪い人と位置付けている。
ティベリウス・グラッススを部下として、ヒスパニア遠征に向かったマンキヌスは、ヌマンティア人に包囲された。
ヌマンティア人は、ティベリウス・グッラススの父と、イベリア人と戦争をした時(前180-178年)に講和を結んでいたため、ティベリウス・グラッススを交渉の使者として要求した。
ティベリウス・グラッススはこれに応え、ヌマンティアの町に入り、交渉人となり、休戦条約を締結し、2万人のローマ人の命を救ったと云う。
しかし、彼らがローマに帰還すると、この休戦条約を結んだ交渉の経緯が、屈辱的だと元老院で拒絶されてしまった。
ティベリウス・グラッススは支持者たちにより、多くのローマ人を守ったのはティベリウスであると擁護されたが、マンキヌスは全ての責任を負わされることとなった。
この時、多くの人が先祖たち前例のようにするべきであると言い出した。
先祖たちの前例とは、前321年、サムニウム人との戦いで、執政官ティトゥス・ウェトゥリウス・カルウィヌスとスプリウス・ポストゥミウス・アルビヌスの軍が包囲された時に、ローマの全軍が軛(くびき)の下を通るという条件で講和を結んだ例である。元老院はこの講和を認めず、執政官が2人が、サムニウム人に人質として送られた。

この前例を踏まえて、マンキヌスはヌマンティア人に引き渡されることとなった。
マンキヌスの引き渡しは、後任の執政官フリウス・フィルスにより行われた。フリウス・フィルスは外交担当神官団(fetialis:ローマ人の代表として宣戦・講和などにあたった神官)の伝統的な慣習に従って、マンキヌスの引き渡しを取り仕切ったと云う。
マンキヌスはヌマンティアの門の前に裸で縛られ、放置されたが、ヌマンティア人はローマ人の身勝手な行為を無視して、マンキヌスを受け取ることはなかった。その後、マンキヌスはローマに帰還したとされるが、彼の死についてはわかっていない。

コインウラ面の意匠は、このマンキヌスの引き渡しの際の儀式を表しているという説もある。
このコインの発行したティべリウス・ウェトゥリウスは、サビニ人を祖先に持つ名門の家柄、ウェトゥリウス家の出身である。
マンキヌスの引き渡しは、ウェトゥリウス家の執政官ティトゥス・ウェトゥリウス・カルウィヌスの前例にならって行われたとされる。
このウェトゥリウス家の貨幣発行人は、伝統的な儀式によって引き渡されたマンキウスを意図して、最初の金貨の意匠をリバイバルさせたのかもしれない。

また、ウェトゥリウス家はサビニ人の末裔であるため、ローマ建国神話に登場する、サビニ人の王、ティトゥス・タティウスとロムルスがローマの共治を誓っている場面ではないかという説もある。
古代ローマコイン 共和政期 前137年 デナリウス銀貨 ティベリウス・ウェトゥリウス 古代ローマ宣誓の儀が刻まれたコイン