古代ローマコイン 共和政期 前125年 デナリウス銀貨 カエキリウス・メテッルス ポエニ戦争でのメテッルス家の栄誉を示す象のコイン

古代ローマコイン 共和政期 前125年 デナリウス銀貨 カエキリウス・メテッルス ポエニ戦争でのメテッルス家の栄誉を示す象のコイン
古代ローマコイン 共和政期 カエキリウス・メテッルス デナリウス銀貨

前125年、ローマ発行

オモテ:ROMA (ローマ) グリフィンの装飾がついた兜をつけた右向きのローマ神の肖像 顎の下にXVI(16アス)を示すモノグラム

ウラ:C METELLVS (カエキリウス・メッテルス)2頭の象を操る、雷挺を持ったユピテル神、その上を飛ぶ勝利の女神ウィクトリア(ヴィクトリー)

コインのサイズ:3,92g 17mm


前125年にローマで発行されたデナリウス銀貨である。
このコインのウラ面には迫力満点に2頭の象が刻まれている。
このコインを発行した、カエキリウス・メテッルスは、2回コンスルを務めたルキウス・カエキリウス・メテッルス(前290年ー前221年)の子孫である。
ルキウス・カエキリウス・メテッルスは、第1次ポエニ戦争中のパノルムスの戦い(前250年)でカルタゴの将軍、ハズドルバルに勝利した。
このコインのウラ面の図像は、ルキウス・カエキリウス・メテッルスがカルタゴ軍の象をとらえ、ローマに連れ帰り、凱旋式で市民に披露したと時を表している。
象の花輪を持った勝利の女神ウィクトリアはローマ軍の勝利を意味している。
このコインが発行された前125年は、執政官マルクス・フルウィウス・フラックスがガリア・トランサルピナでリグリア人に勝利した年であった。
このかつてのポエニ戦争の凱旋式を示すコイン意匠は、この年、ガリアでの戦いに勝利して行われた凱旋式を意図しているのかもしれない。


カエキリウス家の人物が発行した他のコインにも象が刻まれている。カエキリウス家にとって、象はシンボルであったことがうかがえる。

前81年発行の象が刻まれたカエキリウス・メテッルス・ピウスのデナリウス銀貨



オモテ面のローマ神の肖像はグリフィン装飾がはっきりとわかる兜をつけている。
肖像の顎の下にはXVI(16)を示すモノグラムが刻まれている。これは16アスを意味する。

前141年頃に、デナリウス銀貨1枚の価値は10アスから16アスに変わった。
このデナリウス銀貨の価値の改定は、Lex Flaminia minus solevendi(支払いを減らす、フラミニウス法)によって行われた政策であると考えられている。
Lex Flaminia minus solevendi(支払いを減らす、フラミニウス法)は前223年と前217年の執政官、ガイウス・フラミニウスが定めたフラミニウス法と関連すると推測されているが詳しいことはわかっていない。

しかしLex Flaminia minus solevendi(支払いを減らす、フラミニウス法)が制定されたことは、この時期のローマが財政難に陥っていたことを明らかにしている。
第3次ポエニ戦争、マケドニア戦争といった度重なる戦争による、軍団への支払いによって、ローマ国家は貨幣財源に窮していた。
そこで、ローマ国家は、デナリウス銀貨の価値を10アスから16アスに改定し、デナリウス銀貨の支出を減らし、国庫の銀不足を解消したのである。

また、前160年頃までは大量に作られたアス青銅貨は、前145年頃になると全く作られなくなった。
再びアス青銅貨の発行が開始されるのは前114年頃であった。
これは前140年頃のローマにおいて、軍団への支払いは銀貨が主要であったことを示している。
つまり、デナリウス銀貨の価値上げによって、軍人が受け取れる実際の銀貨の量は減少したのであった。

この時期、度重なる戦争によって、中産階級が没落し、ローマ国家は人的資源不足に陥っていた。
この事実上の給料の引き下げによって、ローマ国家はさらに軍人の確保が難しくなったと推測される。
これらの問題を解決すべく、前133年、ティベリウス・グラッススは農地法改革に乗り出し、市民への土地分配に乗り出したとも推測されている。
コイン発行時の歴史背景は、下の「コインで見る、古代ローマ史年表」をクリックしてご覧ください。





コイン詳細、掲載写真撮影:中村めぐみ