古代ローマコイン 共和政期 前211-206年 アス青銅貨 ヤヌス神と船首 デナリウス銀貨の発行が開始された時のアス青銅貨

古代ローマコイン アス青銅貨

前211-206年頃発行

サイズ:44,03g 37mm

オモテ:月桂冠をつけたヤヌス神 その上にI (1アスを意味する)

ウラ:ROMA ガレー船の船首 その上にI (1アスを意味する)

このコインは前211年―206年頃に発行されたアス青銅貨である。
ローマでデナリウス銀貨の発行が始まった時のアス青銅貨である。

ポエニ戦争の長期化は、ローマに新たな貨幣制度導入を引き起こした。
ローマは、より多くの軍費を効率よく賄うために、貨幣制度をアスと呼ばれる青銅本位から、デナリウスと呼ばれる銀本位制に変えたのだ。
新制度の主要なコインは青銅のアスと銀のデナリウスであった。
デナリウスは10アスに相当し、デナリウスの名は「10を含む」を意味する。
新たなアス青銅貨は約44gで、銀貨と同様に打刻で作られた。
このコインには1アスを意味するIの文字が両面に刻まれている。

コインオモテ面にはヤヌス神が表されている。
ヤヌス神は2つの顔を持つ双面神で門・戸口の神。
人は門から出かけていってまた門へと戻ってくることからあらゆることの始原を象徴する神である。

ウラ面には船首とROMAの文字が刻まれている。

共和政期のアス銅貨の意匠は単一で、オモテ面がヤヌス神、ウラ面が船首という意匠が長らく使われた。
このオモテ面がヤヌス神、ウラ面が船首というアス銅貨の意匠について、アウグストゥスの時代の詩人オウィディウスが『祭暦』の中で言及している。
オウィディウス『祭暦』では、コインに船首のシンボルが刻まれた理由を次のように説明している。
サトゥルヌス神は、ユピテル神より天の国から追放された後、世界中を放浪し、エトルリアの川(ティベリウス)へと船でたどりついた。
サトゥルヌス神はこの地に定着したという。それ以来、国はサトゥルニアの名をとどめ、土地の名も神が隠れていた(ラテレ)により、ラティウムと呼ばれたという。
この信仰により、銅貨には船首が表され、神が客分としてローマに到着したことを示しているとオウィディウスは述べている。

ローマでのアス青銅貨の発行はスッラの時代、前82年頃に中断された。
インペラトルの時代にも、時たまインペラトルたちによってアス銅貨は発行されたが、
ローマ国家が再びアス銅貨の発行を開始するのは、前18年のアウグストゥスの貨幣制改革の時となった。
古代ローマコイン 共和政期 前211-206年 アス青銅貨 ヤヌス神と船首 デナリウス銀貨の発行が開始された時のアス青銅貨