前776年  第1回オリンピック開催年
前753年  伝説上のローマ建国年(~前509年まで王政時代) ロムルス即位(~前717年)



前717年  ヌマ・ポンピリウス即位(~前673年)
前673年  トゥッルス・ホスティリウス即位(~前641年)
前650年  世界で初めて丸形の打刻コインがイオニア、そしてリディアで始まる


前641年  アンクス・マルキウス即位(~前616年)


前616年  タルクィニウス・プリスクス即位(~前579年)
前579年  セルウィウス・トゥッリウス即位(~前535年)
前535年  王政最後の傲慢王、タルクィニウス・スペルブス即位
前509年  ローマ共和政が開始 
       初代執政官ルキウス・ユニウス・ブルートゥスとルキウス・タルクィニウス・コッラティヌス就任



       カピトリヌスの丘にユピテル神殿が奉献される



前495年  聖山事件:プレブス(平民)とパトリキ(貴族)が対立し、プレブスが聖山に立てこもる
前494年  聖山事件を受け、平民会が創設されとトゥリブヌス・プレビス(護民官)が誕生
前490年  ペルシア戦争、マラトンの戦い、ギリシャがペルシャに勝利


前462年  ギリシャ・アテネで政治家ペリクレスが台頭し、アテネ民主政絶頂期
前450年  ローマ最初の成文法「十二表法」が成立
前445年  ローマでカヌレイウス法(パトリキ:貴族とプレブス:平民の結婚合法化)が制定
前443年  ローマで(ケンソル)監察官(戸口調査を担う)が誕生
前439年  セルウィリウス・アハラが独裁者になろうとしたスプリウス・マエリウスを短剣で暗殺
       ローマ市民の自由を守る


前431年  アテネ、スパルタの間でペロポネソス戦争勃発(~前404年)
前421年  ローマでクワエストル(財務官)職が平民に開放される
前399年  アテネでソクラテスが死去
前396年  ローマがエトルリアの重要都市ウェイイを征服し、エトルリアより優位に立つ
前395年  コリント戦争勃発
       アテネ、テーベ、コリントなどのギリシャ同盟軍が
       アケメネス朝ペルシャに援助され、スパルタと対抗(~前386年)
前390年  ガリア人がローマに襲来し強奪、一時的にローマを占拠
前369年  シラクサのディオニュシオス1世が雇ったケルト人傭兵がペロポネソス半島で活躍
前367年  ローマでリキニウス・セクスティウス法が制定
       (貴族が担っていた2名の執政官の内、1人は平民から選出する法)
前356年  アレクサンドロス大王誕生
前343年  第1次サムニウム戦争勃発(アペニン山脈南部サムニウム人VSローマ人)(~前341年)
       アリストテレスがアレクサンドロス大王の家庭教師としてマケドニアに来る
前341年  ラテン戦争勃発(サムニウム人が蜂起したことにより、ラテン人同盟もローマに蜂起した)
前339年  ケンソル(監察官)職がプレブス(平民)にも開放される
前338年  ローマ、ラテン戦争勝利、全ラティウムを制圧
       マケドニア王国のフィリッポス2世がギリシャを制覇


前336年  マケドニア王国、アレクサンドロス大王即位
前335年  アレクサンドロス大王がドナウ川周辺地域へ遠征し国境の確保を行う
       ケルト人がドナウ川に進軍中のアレクサンドロス大王に使節を送る
前334年  アレクサンドロス大王の東方遠征開始
前333年  イッソスの戦い(アレクサンドロス大王VSアケメネス朝ペルシャ、ダレイオス3世)
前326年  第2次サムニウム戦争勃発(~前304年) 
       ローマのネアポリス占領   
前323年  アレクサンドロス大王死去
前321年  カウディウム渓谷の戦い(サムニウム戦争:ローマ軍がサムニウム軍に大敗)
前312年  アッピア街道建設開始:サムニウム戦争の争点ネアポリス(現ナポリ)に出陣するための軍道
前301年  イプソスの戦い
       (アレクサンドロス大王の後継者たちによって帝国が
       トラキア、マケドニア、シリア、エジプトに4分割される)
前298年  第3次サムニウム戦争(~前290年)
前296年  ローマでロムルスとレムスの像が奉献される



前295年  センティヌムの戦い(サムニウム戦争:ローマ軍がサムニウム軍に勝利、
       執政官プブリウス・デキウス・ムスが自らの命を生贄にしローマに勝利をもたらす)
前287年  ホルテンシウス法制定
       (平民会の議決が法として拘束力を持つようになる)
前282年  ローマ、ギリシャ植民市タレントゥムと開戦
前280年  ピュロス戦争勃発
      (エペイロス王ピュロスがタレントゥム救援のためイタリアに進攻(~前275年) 
      ローマ人のコイン発行開始
      (ローマでコイン型の銅の鋳造貨がつくられる、
      南イタリアで「ローマ人の」銘が刻まれた打刻銀貨、銅貨がつくられる)
      スキピオ・バルバトゥス死去
      (前298年の執政官を務め、エトルリア、サムニウム人と戦ったスキピオ家最初の英雄) 


前279年  ケルト人がデルフォイのアポロン聖域を略奪
前275年  ローマ、エイペロス王ピュロスを撃退
前273年  ローマ、プトレマイオス朝エジプトと同盟締結
前272年  ローマ、タレントゥム占領、
       これによりローマがイタリアの中・南部を征服
前269年  ローマで銀の打刻コインが発行される



前264年  第1次ポエニ戦争勃発
       (ローマVSカルタゴ シチリアのメッサナがカルタゴと結ぶシラクサに
       包囲されローマに救援を求めたため勃発)
前241年  第1次ポエニ戦争終結
       ローマがカルタゴ領シチリアを最初のプロウィンキア(属州)に 
       ペルガモン王国アッタロス1世が即位
前240年  ルキウス・リウィウス・アンドロニクス(ギリシャの詩人、劇作家)がローマで悲劇を上演
前229年  第1次イリュリア戦争(ローマVSイリュリア 
       女王テウタ治めるイリュリア王国がローマの大使を殺害し勃発、ローマが艦隊を派遣)(~前228年)
前218年  第2次ポエニ戦争勃発(ローマVSカルタゴ カルタゴの将軍ハンニバルがアルプスを越え
       イタリアに侵入)(~前201年)


前216年  カンナエの戦い(ポエニ戦争:カルタゴのハンニバルがローマ軍を全滅させる)
前214年  第1次マケドニア戦争勃発
       (マケドニア王フィリッポス5世がカルタゴを援助しローマと戦う)(~前205年)
前212年  ローマがシチリアのシラクサを占領
       この時、数学者アルキメデスがローマ兵に殺された
前211年  ローマ人、デナリウス銀貨の発行開始


前210年  ローマ、アティリウス法制定
       (政務官に後見人指定の権限を与えた:国家が後見制度に介入)
前206年  ローマ、ヒスパニアを制圧
前204年  大地母神キュベレがローマに到着


前202年  ザマの戦い
       (ポエニ戦争:スキピオ・アフリカヌスがハンニバルに勝利)
前201年  第2次ポエニ戦争終結
       カルタゴがローマに降伏、ローマは西地中海の覇権を獲得
前200年  第2次マケドニア戦争勃発
       (マケドニア王フィリッポス5世が領土拡大したため)(~前197年)


前200年  ローマの元老院議員ファビウス・ピクトルが初めてギリシャ語でローマの歴史書を執筆
前197年  ローマ、スペインに2属州設置
前192年  シリア戦争勃発(ローマVSシリア アンティオコス3世)(~前188年)
前190年  マグネシアの戦い
       (シリア戦争:スキピオ・アシアティクス(前190年コンスル、スキピオ・アフリカヌスの兄)
       がアンティオコス3世に勝利)
前186年  ローマ、元老院決議でバッカス神(デュオニソス)の密議を制限
前184年  ローマ喜劇作家プラウトゥス死去(ローマ初期の喜劇作家)
前183年  スピキオ・アフリカヌスとハンニバルが死去
前181年  第1次ケルティベリア戦争勃発(~前179年)
前171年  第3次マケドニア戦争勃発(~前168年)
前169年  ローマ、ウォコニウス法制定
       (女性が遺言により10万アス以上の財産を相続することを禁じる)
前168年  第3次マケドニア戦争終結
       (ピュドナの戦いでローマがマケドニア王ぺルセルスに勝利、アンティゴノス朝滅亡) 
       ポリュビオス(『歴史』の著者)が人質としてローマに連行される
前167年  ローマ、マケドニア戦争の勝利で財源豊かとなり、ローマ市民の戦時負担税廃止
前157年  マリウス誕生
前155年  イベリアでケルトィベリア人の反乱(第2次ケルティベリア戦争)
前149年  第3次ポエニ戦争勃発(~前146年)、第4次マケドニア戦争勃発(~前148年)
前146年  第3次ポエニ戦争終結、スキピオ・アエミリアヌスがカルタゴを破壊
       ムンミウスがコリントスを破壊
       マケドニアがローマの属州に
前142年  ユダヤにハスモン朝成立
前139年  ガビニウス法(ローマで初めて秘密投票を提した法)制定 
       (これ以降ローマのデナリウス銀貨の意匠に祖先の功績を称える
       プロパンガ要素が増しコイン意匠が多様化が始まる)


前138年  スッラ誕生
前135年  第1回シチリア奴隷反乱(~前132年)
前133年  イベリア半島反乱が沈下、イベリア半島の大部分がローマの支配下になる 
       ペルガモン王アッタロス3世が自国をローマに譲渡 
       ティべリウス・グッラススの護民官当選、改革、暗殺
       (土地を貧困者にも分配しようと試みたが富裕層に反発され殺される)
前129年  アッタロス3世により譲渡されたペルガモンが属州アシアとなる 
       スキピオ・アエミリアヌス死去
前125年  ローマに反抗したラティウムの都市フレゲラエをローマが破壊
前123年  ガイウス・グラッスス護民官に当選
前122年  ガイウス・グラッスス護民官に再選
前121年  ガイウス・グラッスス暗殺される
       ガリア・トランサルピナ、ローマ属州になる
前120年  ポントゥス王国、ミトリダテス6世即位
前119年  護民官に就任したマリウスは選挙に関する法を制定(法の具体的な名など詳細はわかっていない)
前113年  ゲルマン人のキンブリ族とテウトニ族がイタリアに侵入


前112年  ユグルタ戦争(ローマVSヌミディア王ユグルタ)(~前105年)
前109年  スッラがマリウスの部下としてユグルタ戦争で活躍
前111年  ローマ、農地法成立
前107年  マリウスが初めて執政官に 
       マリウスが軍制改革を行い、ユグルタ戦争を指揮する 
       スッラはクワエストル(財務官)を務める
前106年  キケロ誕生 
       ポンペイウス誕生
前105年  アラウシオの戦い(キンブリ・テウトニ戦争 クィントゥス・セルウィリウス・カエピオ率いるローマ軍がキンブリ族、テウトニ族に大敗北)
       クィントゥス・セルウィリウス・カエピオの「トローサの金」事件



前104年  マリウスが2度目の執政官 
       マリウスがゲルマン人と戦い勝利  
       第2回シチリア奴隷反乱(~前100年)
前103年  マリウスが3度目の執政官
       クイントゥス・セルウィリウス・カエピオ失脚
       
前102年  マリウスが4度目の執政官
前101年  マリウスが5度目の執政官
前100年  マリウスが6度目の執政官
       マリウス、退役兵に土地を分配  
       ユリウス・カエサル誕生
前92年   スッラがキリキア総督として東方遠征
       スッラの名声高まる
前91年   同盟市戦争勃発(ローマVSイタリアのローマ同盟市)(~前88年) 
       スッラが同盟市戦争で活躍
前88年   スッラが初めて執政官就任 
       ローマ、イタリア諸市の自由民にローマ市民権授与  
       第1次ミトリダテス戦争(ローマVSポントス王ミトリダテス6世)(~前85年) 
       スッラがローマに進軍
       スッラとマリウスの対立
前87年   キンナが執政官に就任(前84年まで連年執政官に就任)
前86年   マリウスが7度目の執政官に就任するも病死(70歳) 
       スッラがアテネを占領
前85年   スッラがポントス王ミトリダテス6世と和約締結  
       ブルータス誕生?
前83年   第2次ミトリダテス戦争(~前81年) 
       スッラが再びローマへ進軍するためイタリアに
       カエサル、キンナの娘コルネリアと結婚?
       マルクス・アントニウス誕生
       ローマのユピテル神殿が全焼
前82年   スッラがローマに 
       ★11月1日、コリーネ門の戦いでスッラがマリウス軍に勝利 
       スッラ、マリウス派を虐殺 
       スッラ、Felix(幸運者)の称号を名乗る


前81年   スッラがディクタトル(独裁官)就任 
       ★3月12日ポンペイウス最初の凱旋式挙行 
       ★10月26日ludi victoriae sullanae(スッラの勝利の女神祭)開催
前80年   スッラが2度目の執政官就任 
       ポンペイの円形闘技場建設
前78年   マルクス・アエミリウス・レピドゥス(第2回三頭政治のレピドゥスの父)が執政官就任 
       スッラ死去
       ポンペイウスの台頭
前77年   ブルータスの父がポンペイウスに殺される
前74年   第3次ミトリダテス戦争(~前63年)
前73年   スパルタクスの反乱(~前71年)
前71年   ポンペイウスが2度目の凱旋式を挙行 
       クラッススがスパルタクスの反乱を鎮圧


前70年  クラッススとポンペイウスが執政官就任 
      キケロのウェレス弾劾演説
前69年  ローマのユピテル神殿奉献(前83年に焼失)
      エジプトのクレオパトラ7世誕生
前67年  ポンペイウスが特別に命令権を得て地中海の海賊を征伐
前66年  ポンペイウス、ミトリダテス戦争を指揮
前64年  ポンペイウスがシリアを平定し、ビュティニア・ポントス州、シリア州を設置 
      セレウコス朝シリア滅亡
前65年  現存するキケロとアッティクス最初の書簡
前63年  キケロが執政官就任
      キケロ、カティリナ弾劾演説 
      カエサルがポンティフェクス・マキシムス(最高神祇官)に就任(終身) 
      ★9月23日、オクタウィウス誕生(後のアウグストゥス)


前62年  ポンペイウスが3度目の凱旋式挙行 
      アグリッパ誕生 
      ボナ・デアの秘儀のスキャンダル 
      ブルータスの母セルウイリアがデキムス・ユニウス・シラヌスと再婚


      ガリア・トランサルピナのアブロゲース族が反乱を起す(-前61年)
前61年  オクタウィウスの父ガイウス・オクタウィウスがプラエトラル(法務官)就任
前60年  カエサルが翌年の執政官に立候補
      ★12月、カエサルがポンペイウス、クラッススと私的密約を結ぶ(第1回三頭政治)
前59年  カエサルが初めて執政官就任  
      カエサルの娘ユリアとポンペイウスが結婚 
      ウェッティウス事件(ブルータスがポンペイウス殺害を企てたとして告発される) 
      ブルータスが母方のセルウィリウス・カエピオ家の養子に入り
      クイントゥス・セルウィリウス・カエピオ・ブルートゥスと名乗る? 
      ブルータスの養父ユニウス・シラヌスが死去? 
      ブルータスの母セルウィリアとカエサルの愛人関係がスタートか?
前58年  カエサルがプロコンスルとしてガリア総督に 
      カエサルのガリア戦争開始(~前51年)
      カエサル『ガリア戦記』執筆開始
      カエサル、ヘルウェティー族、ゲルマン人と戦う



      ガイウス・オクタウィウス死去 
      キケロが亡命(~前57年) 
      ブルータスは叔父カトーのキプロス赴任に同行
前57年  カエサル、ベルガエ人と戦う



前56年  ルカの会談(第1回三頭政治の延長)
      カエサル、ガリア・アルモリカのウェネティー族と戦い、モルビアン湾の海戦で勝利


      
      ブルータス、ローマに帰還
前55年  ポンペイウスとクラッススが執政官就任 
      ポンペイウス劇場建設 
      カエサルが初めてブリタニアに到達
前54年  カエサルの娘でポンペイウスの妻ユリアが死去  
      キケロが『国家論』を執筆(~前51年)  
      ブルータス、アッピウス・クラウディウス・プルケルの娘クラウディアと結婚
      ブルータスが最初のコインを発行 


前53年  クラッススがカルラエの戦い(ローマVSパルティア)で死去 
      第1回三頭政治崩壊 ブルータスがクワエストル(財務官)就任か? 
      ブルータス、義父クラウディウス・プルケルについてキリキアに赴任 
前52年  ミロがクロディウスを撲殺 
      ポンペイウスが単独執政官に就任 
      ブルータスがポンペイウスとミロを批判する論説を発表(現存せず) 
      ポンペイウスがコルネリア(カエキリウス・メテッルス・ピウス・スキピオ・ナシカの娘)と結婚 
      ガリア、アレシアの戦い(ウェルキンゲトリクスの大反乱をカエサルが制圧)
前51年  キケロがキリキア属州総督就任 
      エジプトのクレオパトラが弟プトレマイオス13世と共に即位



      ガリアで、ベロウァキー族らが再び蜂起



 
前50年  ポンペイウスと元老院派(共和政派)がカエサルのガリアでの指揮権(軍団)を解除を指示 
      ブルータスがポンティフェクス(神官)に就任か?
前49年  カエサルがコインの発行を開始 
      ★1月7日元老院が最後通牒を発令 
      ★1月10日カエサルは軍をつれルビコン川越え 


      ポンペイウスと元老院派がローマを離れ、その後イタリアから離れる(3月17日頃)
      両執政官ルキウス・コルネリウス・レントゥルス 、
      ガイウス・クラディウス・マルケッルスはシチリアに向かう


      ブルータスはキリキアに、その後年末か翌年の初めにディッラキウムでポンペイウスと合流

前48年  カエサルが2度目の執政官に
      ★8月9日ファルサルスの戦い(カエサルVSポンペイウス)


      ポンペイウスが敗北後、エジプトで殺される 
      ★10月2日カエサル、エジプト・アレクサンドリアに上陸
      カエサルがクレオパトラ7世と出会う 
      ブルータスの義父クラウディウス・プルケル死去 
      ブルータス、ファルサルスの戦い後カエサルの元に


前47年  ★3月末、クレオパトラ7世がエジプト女王に
      ★6月、カエサル、エジプトを去る
      クレオパトラ、カエサルの子カエサリオンをもうける
      ★8月2日、ゼラの戦い(カエサルがポントス王ファルナケスに勝利:見た、来た、勝った)
      ブルータスはキリキアのタルソスに:ニカエアでデイオタロス王の弁護を行う 
      ブルータス、『De Virtue(徳について)』、『Perikathekontos(義務について)』、
      『De Patientia(忍耐について)』を執筆(現存せず) 
      ★10月、カエサル、ローマに帰還
      ★12月28日、カエサル、タプススの戦いに向け、シチリアを経由してアフリカに上陸



前46年  カエサル3回目の執政官に(同僚執政官はレピドゥス) 
      ブルータスがガリア・キサルピナ総督に指名される 
      ★4月6日、カエサル、タプススの戦いでスキピオ、カトー破る

 


      カトーの自殺
      ヌミディア王、ユバ1世自殺
      キケロがカトーへの賛辞を執筆 
      ★7月25日、カエサル、ローマに帰還
      ★8月、カエサル、ローマで大凱旋式(ガリア族長ウェルキンゲトリクス処刑、
      ユバ1世の息子ユバ2世、さらし者にされる)


      ★9月、カエサル、ウェヌス・ゲネトリクス神殿奉献
      クレオパトラ7世がローマに滞在(~カエサルの死まで) 
      ★11月、カエサル、ムンダの戦いに向けスペインへ



前45年  ★1月1日からユリウス暦スタート 
      カエサル4度目の執政官  
      ★3月17日、カエサル、ムンダの戦いで勝利(ポンペイウスの長男グナエウス・ポンペイウス死去)
      カエサルが反カトー論を執筆
      ブルータスはカトーへの賛辞を執筆
      ★3月末、ブルータスがローマに帰還
      ブルータス、前48年に死去したクラウディウス・プルケルの娘クラウディアと離婚し、
      カトーの娘ポルキアと結婚
      ★10月、カエサルがヒスパニアから帰還、凱旋式挙行

 
      カエサルがオクタウィウスをパルティア遠征に備えて、アポロニアに派遣
前44年  カエサル5度目の執政官(同僚執政官はアントニウス) 
      ブルータスは都市管轄のプラエトラル(法務官)に
      ★1月、初めて生きている人間、写実的なカエサルの肖像がコインに刻まれる


      ★2月15日、カエサル終身独裁官の称号を正式に使う


      ★2月15日、ルペルカリア祭
      ★3月15日、ブルータスのカエサル殺害


      ★3月17日、テルス神殿で元老院会議が開かれ、カエサルが生前決めた法令が生かされることに
      ブルータスらのカエサル殺害行為に恩赦が与えられる
      ★3月20日、カエサル葬式でアントニウスがカエサルの遺言を読み上げる
      (遺言にはローマ市民に財産を分け与える旨が記されていたため、市民はカエサル熱に沸く)
      これによりブルータスは窮地にたつ
      ★4月13日以降、ブルータス、ローマを離れ、郊外に
      オクタウィウスがカエサルの遺言通り、カエサルの養子となり、
      ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスに改名
      ★4月初頭頃、オクタウィがアポロニアからローマに帰還
      ★6月5日、アントニウスがブルータスに穀物調達の任務を任命
      (穀物調達の任命は高官の任務には相応しくなく、侮辱を意味した)
      ★6月8日、ブルータス、アンティウムの別荘で、家族、友人とこの任務をうけいれるか話し合う
      (ブルータスは、おそらくこの任務を引き受けたことを装って、アンティウムから出発)
      ローマで7月のアポロン祭開催の公示がクィンティリウス(5番目の月)から、
      ユリウス月となって公示される
      ★7月20日~28日、ローマでオクタウィアヌスがカエサルの葬礼競技会を開催
      (この時空に彗星が現れる)



      ★8月半ば、ブルータスが東方へ向い、マケドニア、イリュリクム、ギリシャで兵力の準備
      ★9月~11月、ブルータスはギリシャに到着し、アテネで哲学の講義にも出席し、
      優秀な若者のリクルートにあたる
      ★11月、アントニウスが弟ガイウス・アントニウスをマケドニアに進軍させ、
      自身はデキムス・ブルートゥスが治めるガリア・キサルピナに進軍
      
      レピドゥスがカエサルの死によってポンティフェクス・マキシムス(最高神祇官)に就任 
      
前43年  ★昨年末~1月、ブルータスがマケドニアに進軍し、ガイウス・アントニウスを捕える
      アントニウスと敵対していたオクタウィアヌスはキケロと接近し元老院派と接近
      ★4月、アントニウスがムティナでデキムス・ブルートゥスを包囲(ムティナの戦い)
      両執政官ヒルティウスとパンサ、そしてオクタウィアヌスがデキムス救出のためムティナに進軍
      ムティナの戦いでアントニウスが敗北、アントニウスはガリアに一時退去
      デキムスはアントニウスを追う
      ムティナの戦いで両執政官ヒルティウスとパンサが戦死
      元老院はオクタウィアヌスに戦死した執政官の軍を引き渡すように指示したが、
      オクタウィアヌスはこれを無視し、8個軍団と共にローマに進軍 
      ★8月、オクタウィアヌスが執政官に就任(同僚執政官はクィントゥス・ペディウス) 
      Lex Pedia(ペディウス法)成立(カエサル暗殺者たちを有罪にした) 
      ★10月、デキムス・ブルートゥス殺される
      ★11月、Lex Titia(ティティウス法)により、国家再建3人委員結成(第2回三頭政治) 
      プロスクリプティオ(公権剝奪公示)開始:300人の元老院議員と2000人にのぼる騎士階級の
      人士が殺され、財産を没収される、これによりキケロも殺される
      


     
      ルキウス・ムナティウス・プランクスがルグドゥヌム(現リヨン)を建都

前42年  ★1月1日、カエサルの神格化



      ★昨年末~1月、ブルータスが捕虜としていたガイウス・アントニウスを処刑
      ★1月、ブルータスとカッシウスがスミュルナで会合(ローマの三頭政治に対抗して、
      共和政派が東方地域で一致団結し、全面戦争に臨む決意を示した)



      ポンペイウスの次男、セクストゥス・ポンペイウスがシチリアを占拠
      セクストゥス・ポンペイウスがブルータス側に
      スミュルナの会合から数か月後、カッシウスはロードス島、ブルータスはリュキア(現トルコ)の都市を
      攻略し軍資金を獲得
      ブルータスら、イオニア海とエーゲ海両面の制海権を手中におさめ、エジプト以外の東方諸国をおさえる
      ブルータス、3月15日のカエサル殺害の意匠のコインを発行



      ★10月、フィリッピの戦いで第2回三頭政治側がブルータスに勝利し、ブルータス自殺
      ★11月16日、後のティべリウス帝誕生

前41年  アントニウスの弟ルキウス・アントニウスが執政官に就任 
      アントニウスはタルソスでクレオパトラと会見 
      アントニウスの妻フルウィアとルキウス・アントニウスがオクタウィアヌスに蜂起するも制圧される
      アントニウスの妻フルフィア死去 
      冬にアントニウスはクレオパトラとアレクサンドリアに滞在


前40年  オクタウィアヌス、スクリボニアと結婚 
      オクタウィアヌスとアントニウスがブルンディシウムで和解(ブルンディシウム協定) 
      オクタウィアヌスの姉オクタウィアとアントニウスが結婚  
      アントニウスとクレオパトラの間に双子のアレクサンドロス・ヘリオスとクレオパトラ・セレネ誕生





前39年  オクタウィアヌスとスクリボニアの間に娘ユリア誕生 
      ウェルギリウス(詩人)、『牧歌』執筆か?
前38年  セクトゥス・ポンペイウス(ポンペイウスの次男)がシチリアで蜂起


前37年  タレンティウム協定(第2回三頭政治を延長) 
      オクタウィアヌス、スクリボニアと離縁してリウィアと結婚 
      オクタウィアヌス、シチリアの海戦で敗北 
      ヘロデがユダヤ王に 
      アグリッパ、コンスル就任
前36年  アントニウス、パルティア遠征で惨敗 
      シチリアのセクストゥス・ポンペイウスがアグリッパに制圧される 
      三頭政治のレピドゥスはセクストゥス・ポンペイウスを支援したために、政界引退に追い込まれる
      (しかしレピドゥスは終身の最高神祇官職は保持し続けた)


前35年  セクストゥス・ポンペイウスがミレトスで捕えられ処刑される  
      ホラティウス(詩人)『風刺詩1』執筆
前34年  アントニウス、アルメニア遠征で勝利 
      アントニウスとクレオパトラ、アレクサンドリアで凱旋式を挙行


前33年  オクタウィアヌスが2度目のコンスルに 
      アグリッパがアエディリス(造営官)として、マルキア水道橋を整備し、ローマに上下水道を整備
前32年  アントニウスとオクタウィアヌス全面戦争
      (アントニウスがオクタウィアと離縁、オクタウィヌスがアントニウスの遺言を公開) 
      アントニウスとクレオパトラ、サモス島で戦争準備 
      この年のコンスル、ドミティウス・アヘノバルブスとガイウス・ソシウスはローマを離れアントニウスのもとへ
前31年  オクタウィアヌスが3度目のコンスルに 
      ★9月2日アクティウムの海戦(オクタウィアヌスがアントニウスとクレオパトラに勝利)




前30年  オクタウィアヌスが4度目のコンスルに 
      オクタウィアヌスがエジプトを征服
      アントニウスとクレオパトラ自殺 プトレマイオス朝滅亡 
      エジプトがローマ属州に 
      ★8月29日、オクタウィアヌスがイタリアに帰還


前29年  オクタウィアヌスが5度目のコンスルに 
      ★8月、オクタウィアヌスが凱旋式挙行 
      オクタウィヌス、ユリア・クリア(元老院議事堂)を落成


 
      ローマで初めて円形闘技場建設 
      ウェルギリウス(詩人)『農耕詩』
      ヒスパニアでカンタブリ族が蜂起(カンタブリア戦争勃発)
前28年  オクタウィアヌスが6度目のコンスルに 
      パラティヌスの丘のアポロン神殿奉献


 
      アウグストゥス霊廟の建設も開始
前27年  オクタウィアヌスが7度目のコンスルに(同僚コンスルはアグリッパ) 
      ★1月13日、オクタウィアヌス、元老院よりアウグストゥスの称号を与えられ、
      属州(ガリア、ヒスパニア、シリアなど)の総督職を10年間与えられる 
      オクタウィアヌスの正式名はインペラトル・カエサル・アウグストゥスとなる 
      これにより日本ではこれ以降が帝政時代と呼ばれる
      アグリッパがパンテオン建設 
      アウグストゥスとアグリッパがガリアとヒスパニアへ
      (3年近くローマには戻らず)
      ガリアでは戸口調査を実施
      ヒスパニアでは北部のカンタブリ族とアストウレス族と戦う(カンタブリア戦争)


前26年  アウグストゥスが8度目のコンスルに 
前25年  アウグストゥスが9度目のコンスルに 
      アウグストゥス、娘ユリアを甥マルケッルスと結婚させる 
      アウグストゥス、ヒスパニア戦で大病を患うも回復
      アウグストゥス、ユバ2世をマウレタニア王に即位させる



前24年  アウグストゥス、10度目のコンスルに 
      翌年の執政官に指名されていたムレナと共和政擁護派ファンニウス・カエピオの陰謀発覚、
      アウグストゥスは即、彼らを死刑に処す
前23年  アウグストゥス、11度目のコンスルに 
      国制を再建するため、アウグストゥスはコンスルを辞し、
      上級プロコンスル命令権と護民官職権を元老院に付与させた 
      甥マルケッルスがアエディリス(造営官)に就任し、ローマで競技会を開催 
      ローマに疫病が流行り、アウグストゥス病に倒れるも回復 しかし甥マルケッルスが病死 
      アグリッパが東方で強力に 
      ホラティウス(詩人)『頌歌』刊行
前22年  アウグストゥス東方に 
      最後のケンソル(監察官)が選出、これ以降、監察官職務はアウグストゥスが担った
前21年  アウグストゥスの娘ユリアとアグリッパが結婚しガリアに 
      ルフス・エグナティウスが造営官に就き、ローマで最初の消防隊を創設し、市民の人気を得る
前20年  アウグストゥス、パルティアと和平協定
      パルティアにカルラエで(前53年:クラッススが戦死した時)奪われていた軍旗がローマに返還される)


 
      ユリアとアグリッパの間に長男ガイウス誕生
前19年  ルフス・エグナティウスがコンスルに立候補しようとするも、アウグストゥス暗殺の陰謀を企てたと告発され、
      有罪となり処刑される 
      ウェルギリウス(詩人)死去、『アエネイス』刊行 
      アウグストゥス、ローマに帰還


 
      アウグストゥスがコンスルの権限を付与される 
      アグリッパ、ヒスパニアのカンタブリ族とアストウレス族を制圧
      (カンタブリア戦争終結)
前18年  アウグストゥスの上級プロコンスル命令権が5年間更新される 
      アグリッパの命令権も5年間更新され、さらに護民官職権も与えられる  
      アウグストゥス、ユリウス法制定(姦通罪・婚外交渉罪法)
      この時期にローマで銅貨発行が再開
      (ローマでの定期的な銅貨発行はスッラ時代、前82年頃に中止されていた)



前17年  ユリアとアグリッパの間に次男ルキウス誕生 
      アウグストゥス、孫のガイウスとルキウスを養子に


 
      世紀祭開催
前16年  アウグストゥス、ガリアに(~前13年)


 
      アグリッパ、東方に(~前13年)
前15年  ティベリウスとドルススがウィンデリキ族(南バイエルン地方のケルト人)を征服、
      属州ラエティア誕生




      ★5月24日、ゲルマニクス誕生(ドルススの息子)
前14年  ティベリウスの息子、小ドルスス誕生

前13年  アウグストゥス、アラ・パキス(平和の祭壇)建設(~前8年)
      マルケッルス劇場完成 
      冬にアグリッパ、パンノニアに反乱鎮圧のため出兵
前12年  レピドゥスが自然死し、アウグストゥスがポンティフェクス・マキシムス(最高神祇官)を継承 
      アグリッパ病死
      ユリアとアグリッパの3男、アグリッパ・ポストゥムス誕生
      アグリッパの死によってティべリウスがアウグストゥスの後継者に目視される 
      ティべリウスがパンノニア遠征に
      ティべリウスの弟ドルススはゲルマニア遠征に
      ガリアのルグドゥヌム(現リヨン)にアウグストゥスへの忠誠を誓う祭壇が奉献される



      トラキアで王ロエメタルケスが即位



前11年  ティべリウス、ウィプサニアと離縁させられ、ユリアと結婚させられる
前10年  ドルススの次男クラウディウス(後に4代目皇帝)誕生
前9年   ドルスス、ゲルマニア遠征の帰路に落馬しその後死去 
      ティべリウスがゲルマニア遠征に
前8年   アウグストゥスの上級プロコンスル命令権が更新される
      8月(セクスティリス)の呼び名がアウグストゥスに変更される
前7年   ティべリウスが2度目のコンスルに 
      凱旋式を挙行
前6年   ティべリウス、5年間の護民官職権を与えられるも、ロドス島に隠居
前5年   アウグストゥス、12度目のコンスルに



      アウグストゥスの孫ガイウス・カエサルがプリンケプス・ユウェントゥス(若者の第1人者)に指名され、
      紀元後1年のコンスルに指名される
前2年   アウグストゥス、13度目のコンスルに
      ★2月5日、アウグストゥス「国父」(パテル・パトリアエ)の称号を与えられる



      マルス・ウルトル神殿とアウグストゥスのフォルム完成
      アウグストゥス、娘ユリアを追放


      アウグストゥス、穀物の無量配給受給者数を制限
      詩人オウィディウス『恋愛指南』刊行?

紀元後


1年    ガイウス・カエサルがコンスルに
2年    ガイウスがパルティア王フラアタケスと協定を更新
      ティベリウスがロドス島からローマに戻ってくる
      ★8月20日、ルキウス・カエサル病死(18歳)
3年    ガイウスがアルメニアで負傷
4年    ★2月21日、ガイウス死去(23歳)
      アウグストゥス、ティベリウスとアグリッパ・ポストゥムスを養子に
      アエリウス・センティウス法制定
      ティベリウスがゲルマニア遠征を再開
      戸口調査が実施される
6年    パンノニアで大反乱勃発
      アウグストゥス、アエラリウム・ミリタレ(軍事国庫)を創設
      (兵役の最後に受け取れる奨金の支払いを行った、平常の軍団の支払いは国庫が行った)
7年    アウグストゥス、アグリッパ・ポストゥムスをプラナシア島に追放
8年    ★12月、アウグストゥス、詩人オウィディウスをトミスに追放
      アウグストゥス、娘ユリアをトレミティ島へ流刑
9年    ★9月、トイトブルクの戦い(ローマ軍がゲルマニア人に大敗北:属州総督ウァルス死去)
      ★11月17日、ウェスパシアヌス(後、69年に皇帝)誕生
      アウグストゥス、パピウス・ポッパエウス法制定(結婚を義務化し出生率増加を望んだ)
12年   ゲルマニクスがコンスルに
      ★8月31日、ゲルマニクスに三男ガイウス(後のカリグラ帝)誕生
14年   ★5月13日、アウグストゥス、『神君アウグストゥスの業績録』に署名
      ★8月19日、アウグストゥス死亡(75歳)、ティべリウスが政権掌握



      プラナシア島に追放されていたアグリッパ・ポストゥムスが殺される
      セイヤヌスが親衛隊長官(プラエフェクトゥス・プラエトリオ)としてティベリウスを補佐する
      ゲルマニアで暴動が起き、ガリアに赴任していたゲルマニクスがゲルマニアに向かう
      (この時ゲルマニクスは幼い息子ガイウス(カリグラ帝)を戦地に同行させ、
      軍隊靴(カリガ)をはかせ、マスコット的存在として人気を得る)
      小ドルススはパンノニアの暴動鎮圧のためパンノニアに向かう
      アウグストゥスの娘ユリア死去

15年   小ドルススがコンスルに
      ゲルマニアで戦役中のゲルマニクスに元老院がゲルマニクスの凱旋式開催を議決

      ★3月10日、ティベリウスがポンティフェクス・マキシムス(最高神祇官)の称号を得る
16年   パルティアで反乱勃発
17年   ★5月26日、ゲルマニクスの凱旋式開催される
19年   ★10月10日、ゲルマニクス死去
      小ドルスス、ゲルマニア王マロボドゥウス事件鎮静のためイリュリアに向かう
21年   小ドルスス、ティベリウスが親子でコンスルに
      ガリアで反乱おきる
22年   小ドルスス、護民官職権を得る
23年   小ドルスス、死去
24年   アフリカでタクファリナスが反乱、コルネリウス・ドラベラに鎮圧される
27年   ティべィウスがカプリ島に隠棲し、セイヤヌスが政治を専断 
29年   リウィア死去
      セイヤヌス、小ドルススの母アグリッピナと息子ネロを追放
31年   ティベリウスとセイヤヌスがコンスルに就任(5月には辞任し、補欠コンスルが就任)
      ★10月18日、ティベリウスがセイヤヌスを処刑
33年   イエス・キリストが磔刑に(30年ともされる)



37年   ★3月16日、ティベリウス死去
       ★3月18日 カリグラ即位
       カリグラ、パンダテリア島とポンティア島に行き流刑にされ死去していた母アグリッピナの遺灰を持ち帰る



       ★5月1日 アントニア(カリグラの祖母)死去

38年    ★6月10日、カリグラの最愛の妹ドルシラ死去


       カリグラ、税制改革を行う



39年   カリグラ、カエソニアと結婚(4度目の結婚)


       9月、カリグラ、ブリタニア遠征に向けローマを発つ
40年   カリグラ、ライン河畔に到達
       5月、カリグラ、ローマに戻る
41年   ★1月24日、カリグラ暗殺される(パラティヌス祭最終日、妻カエソニア、娘ドルシラも殺される)




以降継続作成中 

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(コインで見る、古代ローマ史年表 作成・コイン撮影者:中村めぐみ  2019年7月23日更新)