古代コイン、今日の1枚

幻のハンニバルの銀貨の肖像が微笑む時

ハンニバル、
その名前は誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

世界史の授業で習った、アルプスの雪山を象を引き連れイタリアに進軍してきた古代カルタゴの名将ハンニバルを思いうかべる方もいれば、
大ヒット映画『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士を思い出す方も多いかもしれません。
実は、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士もカルタゴのハンニバルを意識したキャラクターであることは、カルタゴのハンニバルの歴史秘話からうかがい知ることができます。

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映画『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター

最近ドラマ化もされた、名作『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターは人肉を好んで食べる異常な殺人鬼でありながら、優美さや知性を持つという二面性から、多くの人々を魅了しました。
このハンニバル・レクターの残酷さと優美さという二面性がまさにカルタゴのハンニバルをオマージュしている要素なのです

カルタゴのハンニバルは機知に富んで礼儀正しい人物であった一方で、残酷さと強欲さも持ち合わせていたことを、ポリュビオス(ハンニバルと同じ時代に生きたポエニ戦争にも従軍した古代ギリシャの歴史家)が書き記しています。
ハンニバルが残酷であったと云われる理由、
実は、ハンニバルには、人肉食に関する歴史秘話があるのです。

ハンニバルが後世に永遠に語り継がれることになった武勇伝、第2次ポエニ戦争での40頭近い象を引き連れてのアルプスの雪山越え。

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ターナーが描いた油絵「スノー・ストーム」 1812年 イギリス・テイトギャラリー所蔵
アルプスで雪嵐に襲われるハンニバル軍

この時、ハンニバルの士官の1人であったモノマクスは、食料供給の困難さを訴え、兵士たちが人肉を食べるように訓練されないかぎり、アルプス越えは突破できないと提案したといいます。
ポリュビオスは、ハンニバルはこの提案を評価はしたが、ハンニバル自身はとてもそんなことは考えられなかったと記しており、さらにハンニバルの残酷さは、本当はモノマクスが作り出したものだったのかもしれないと記しています。

実際にハンニバルたちが人肉食を行ったかは今となっては闇の中・・・。
ローマ人たちがハンニバルの残酷さを強調し非難したため、この話に尾びれがついただけなのかもしれません。

一方、女性には非常に紳士的であったことで知られるハンニバル将軍。
妻イミルケへの忠実さだけではなく、ユスティヌス(古代ローマの歴史家)によれば、ハンニバルは女性捕虜に対して完璧な礼儀正しさで接したといいます。

優しさと残酷さの二面性を持つ英雄として語り継がれたカルタゴのハンニバル。
そんなハンニバルは実際どのような顔をしていたのだろうか・・・。
この疑問は常に後世の人々を悩ませてきました。

古代彫刻の中にはハンニバルを表しているのではないかと云われているものがありますが、ハンニバルが生きていた当時、そしてカルタゴによってつくられたとわかっているものは1つとして存在しません。

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ハンニバルと云われる彫像 年代不明

しかし、ハンニバルが生きた当時にカルタゴがつくったことが判明している重要な古代史料があります。

それは当時発行されたコインです。
コインは発掘された地層や他のコインとの詳細な比較により発行年代が判明しています。
歴史人物が生きた当時の史料であるコインは、その人物を知る貴重な手掛かりなのです。

当ギャラリーのこのコインは、ハンニバルがアルプス越えを行った第2次ポエニ戦争時にカルタゴが発行した銀貨です。

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この2分の1シェケル銀貨はカルタゴ・ノヴァで前218-209年に発行されました。
カルタゴ・ノヴァとは現在のスペイン・カルタヘナにあたり、前3世紀カルタゴ人によってイベリア人の集落跡に建設されました。
前218年、第2次ポエニ戦争時、ハンニバルはこの都市を出発し、アルプスを越え、イタリアに侵攻しました。
そのため軍費を賄うための貨幣がこのスペインの都市で発行されました。

オモテ面の肖像はハンニバルではないかと推定されています。
カルタゴのコインには、ローマ帝政期のコインなどとは違って、ハンニバル自身の肖像であると確定できるものは一つとしてありません。
このコインの肖像は、メルカルト(カルタゴのヘラクレス)の肖像を元に理想化された青年といった様式で表現されているとも解釈できますが、この時期に発行されたこのコインの肖像がカルタゴ軍の最高指揮官ハンニバルをモデルにしたということも十分にありえるのです。

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そしてウラ面には美しい馬の姿が刻まれています。
ハンニバルの軍人としての能力を際立たせていたのが馬の存在です。
彼は馬の素晴らしを称え、馬術の能力は群を抜いていたといいます。
ポリュビオスによれば、ハンニバルは彼の軍馬たちが栄養不良から皮膚炎にかかった時に、馬たちを古いワインの風呂に入れて治したそうです。
このコインに刻まれた立派な馬は、もしかするとハンニバルの愛馬を表しているのかもしれません。

とかく歴史ロマンに溢れた、第2次ポエニ戦争時に発行されたハンニバルのこの1枚のコイン。
もう一度角度を変えて、このコインの美しき英雄の肖像をご堪能下さい。
コインの肖像は見る角度によって表情が変化し、まるで英雄の持つ残酷さと優しさの二面性を私たちに訴えかけているかのようです。

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この角度から見る肖像の眼差しは鋭く、残酷さを感じさせます。

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この角度からの肖像の眼差しはどこか優しい雰囲気を持っています。

どちらの眼差しも、ハンニバルの肖像を知りたいと願う者たちに、微笑みかけているかのようです。

ハンニバル、誰もがその名前は知っていても、彼の肖像を知る人はもう誰もいません。
残されたコインだけが真実を知っているのです。